この本は平成五年に静岡県第三宗務所主催で行われた井上貫道老師の提唱の記録です。平成九年「げんにーび」としてテープ起こしを編集収録された物が同宗務所より発行。平成十三年井上貫道老師が点検され、参禅者の方が中心となった「げんにーび」編集部により編集、少林寺より再発行されました。以来増刷を重ね、多くの方に読まれてきました。

この提唱は貫道老師が四十九歳の時です。お話しの内容は、二十八年後の現在と違っていません。この本は僧を対象としているため、仏道の言葉、用語、文献の引用があること、現成公案の原文と組み合わせておはなしになり重層的な展開になっています。
 初めての方には、難しいかもしれません。私は2015年に購入して何回か拝読しましたが、分った様な分らない様なと言う感じでした。老師のお話しを拝聴してきて、今書かれていることが理解出来る様に思います。坐禅修行をしながら、読んで行く書物だと思っています。

この本をISBN本として販売し始めたのは、正法を伝える老師の書物を出版界に残すのが、主な目的です。私家版は古書としては取り扱いが無いそうです。ISBN番号があれば、後世まで残ります。
 もう一つの理由は、老師が販売されていましたが、買われる方が少なくて、在庫が沢山あるようで、広く世に流布出来たらとの思いです。現在アマゾンでの委託販売と出版社の直販方式をとっています。
 卑近な話になりますが、アマゾンは送料込みで1100円(収益660円)、直販は定価1000円と送料180円です。販売代金は老師にお納めしています。
 正法が説かれている本なので、将来も価値が下がることはないと思います。是非お買い求め下さい。周りの方にもお勧めして頂ければ有り難いです。




お勧めのポイント



 この提唱は平成五年に静岡の曹洞宗宗務所主催で、お坊さんへの提唱、七回分の書き起こしです。

 
法を伝える役割の僧を対象に、現成公案の内容にそって、学ぶのに必要な基礎的な言葉と経典にある教えを引用しながら、ご提唱されています。

生活、身心の活動している自分自身に学ぶ、実践して初めてわかる現成公案であることが示されています。
道元禅師のご文章の展開にそって、諸法の在り様、修行、悟りとお話しが展開します。

 
この本は僧を対象としているため、仏道の言葉、用語、文献の引用があること、現成公案の原文と組み合わせておはなしになり重層的な展開になっています。


 一回から三回目は基本的な言葉・用語を説明しながら、道元禅師の文章が分かる様に話されています。

 

 第四回目は人と法と関係を示されています。

 

 第五回以後は、悟りが取り挙げられています。


「悟りのない仏教、さとりのない悟りは絶対にあってはならない。悟りが無かったなら、ただ論であり説。」「ひとが悟りをうると言う事は、自分自身にもとから備わっている本性に目覚める以外のなにものでもない。」「修行というものは、事実の処に目をむけたら、一気に決着がつく。」と言われています。

大小、美醜、善悪、長短、比べてものを見る見方を離れる。自他の問題、自他を離れた動きが生活をしている様子の中にある。と話されます。今までの習慣や考え方が付いてるために、〈納得できないなあ〉と言う様なものが動くから、自分の本性について、今の自分の様子の中で、〈あなたの考えているのと仏のいってるのとどうだ〉と修行し直させている、その事によってしかその事はわからんと言う事です。

何時もいまと言う時と一緒に生きている。このものが今生活している様子以外にない。全て慮智に現われなくても、事実としてのものはその通り伝わっている。心底分かるかどうかは現成ではないが、必ず最終的にはわかる様になっている。修行は考え方ではなくて、事実に参ずるのです。など珠玉の言葉があります。


 坐禅修行を続けるうえで、手元に置いて、度々自分を振り返らせて頂きたい一冊です。


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